本日は試験お疲れ様でした!-第150回日商簿記検定

  • 2018.11.18 Sunday
  • 23:37

本日は日商簿記検定試験お疲れ様でした!

 

出来が良かった方は疲れも心地良く、気分良く寝れるのではないでしょうか。

 

さて、日商簿記試験は合格者より不合格者のほうが多い試験です。
簿記検定に限らず、一般的に試験に合格できないと、「勉強して無駄だった。」とか「自分はダメだ」といった言葉を良く聞きます。

しかし、「合格しなければ意味がない」なんて事は全くありません。試験ができなかったから「自分はダメ」なんてことは全くありません。何かを目指して勉強したことそのものに大きな価値があります。

 

山梨簿記学院「3級入門テキスト」に載せている吉田松陰先生のエピソードです。

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人はなぜ勉強するのか?

「将来不安だから。」 「収入をあげるため。」 「転職の武器がほしい。」これらは人間として正当な目的である。

決して悪い話ではない。

しかし全く違う目的で勉強をした人たちがいた。

 

 長州(山口県)に野山獄といわれる牢獄あった。

武士階層の、やや恵まれた環境の牢獄である。

そこには12人の囚人がいた。

刑期の定めがなく、いまでいう無期懲役のような者たちである。

吉田松陰もその一人。

ペリー軍艦での密航に失敗し、長州野山獄に幽閉される。

 

大半の者は自暴自棄だった。

しかし吉田松陰が入って半年後、そこは学校に代わってしまった。

吉田松陰は、『孟子(もうし)』講義を始める。

在獄49年、76歳の大深虎之充(とらのじょう)まで勉学に励んだ。

 

なぜ、一生牢獄で過ごすかもしれない人たちが、勉強する気になったのか?

吉田松陰は、このように答えている。

 

今且く諸君と獄中にありて(今しばらく諸君と獄中で)

額を講ずるの意を論ぜん(獄中で学問をする意味を考えよう。)

 

俗情をもって論ずる時は、(世俗の考え方で論ずる場合はこうなる。)

今巳に囚奴となる、復た人界に接し天日を拝するの望みあることなし、(すでに囚われの奴隷になったからには、再び人の世に出たり、太陽を見る希望はない、)

 

講学切劘(せつび)して成就する所ありと雖(いえど)も、何の功効かあらん云々(懸命に勉強して学問が成就したとしても、何の利益がるだろうかと云々いうだろう)

 

是、所謂(いわゆる)利の説なり(これは損得本位の考え方である。)

仁義の説に至りては然らず(道義の教えに至るものではない。)

 

人心の固有する所、事理の当然なる所、(人間の心に生まれながら保有する所や、事柄の真理から見て、)

一として為さざる所なし(一つも為していない。)

人と生まれて人の道を知らず、臣と生まれて臣の道を知らず、士と生まれて士の道を知らず(人として生まれてたのに、人の生きる道を知らない、家臣として生まれたのに、家臣の道を知らない、志士として生まれたのに、志士の道を知らないようなものである。)

豈(あ)に恥ずべきの至りならずや(本当に恥の極みではないだろうか。)

 

若しこれを恥ずる心あらば、(もしこれを恥じる心があるならば、)

書を読み、道を学ぶの外術あることなし(書物を読み、道を学ぶより外に方法がない。)

 

巳に其の数個の道を知るに至らば、(すでに、いくつかの真理を知ることになれば、)

我が心に於いて、豈(あ)に悦ばしからざらんや(私の心にとって、本当に悦ばしい事である。)

 

朝に道を聞きて夕に死すとも可なり』というは是れなり(孔子の、「朝に真理を知ったなら、夕方に死んでも構わない」という言葉はこれの事である。)

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勉強自体に大きな価値があります。

ちなみに、そんな風に勉強を楽しんでいらっしゃる方は、おそかれ早かれ試験に合格されています。

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